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■ ひつじのひ


その日、僕は少し焦っていた。
月曜日が提出期限の読後感想文を忘れていたからだ。
「忘れました。」と言っても、西田敏行似のあの先生ならなんとかなるのは分っていた。

でも、いや、だから、彼のため半分、僕のため半分。
貴重な日曜日の午後をさいて宿題に取り組むことにした。
まったく、僕は人のいい高校生なのです。

柔道小説だと思って夏目漱石の「三四郎」を親父の本棚から拝借して、 ソファーに寝転がって読み始めた。
2・3ページ読んだだけで続けるのが辛い、面白くない。
明治時代は娯楽がなかったか。どうしてこれが名作なの。

読み続けるチカラが抜けてきて、ついに本を持っていられなくなり、
もう少しで夢の世界へという時、「弘くん、弘くん」という声が聞こえた。
声の方を振り向くと羊がいた。
驚いた。家の中に羊だ。

そんな僕におかまいなしに、羊は話し出した。
何かを話をしているのだが、羊はモソモソと話すので、何を言っているのかよく聞き取れない。
羊が何故人の言葉を話すんだろう、それとも僕に羊の言葉を理解できる力があるのだろうか。
僕は羊のモソモソ口をじっと見つめるのが精一杯だった。
すると、羊はモソモソ話をしながら僕の体の上に乗って来た。
不思議なことに、あまり重さを感じなかった。

「今日の風はベストに近いから、弘くんはラッキーだね。」
と言いつつ庭の方を見ていた。
すると、羊の体が僕の体を包むようにグニャグニャになり、
いつの間にか、僕は羊と一体化していた。

羊の声だけが僕の耳に聞こえる。
今度ははっきりと羊の言葉を聞き取ることができた。
「今の季節は南西の風が多いんだが、今日のような北東の風は少し冷たいんだよ。
でも、これが気温によってはベストだから、ラッキー、ラッキー。」
と羊はラッキーを連発した。

風が半分開け放してあるリビングのガラス戸から、入ってきた。
心地よかった。

「風がベストだって言ってる意味がわかった?」羊が言った。
確かにこんな感覚は初めてだった。
僕の体のむき出しになっている部分、顔、腕、脚で風を感じることができる。
それは全身といってもよかった。

風は、隣の小池さんの屋根の方向から、庭の隅の紫陽花、庭の中央の小さな池の上を越えて、ガラス戸 から侵入し、僕のソファーの上までやってきた。
あまり気持ちがいいので、ウトウトと寝入りそうになると、また次の風に起こされる。 その繰り返しだ。
それから、しばらくは波のように押し寄せる心地いい風を味わった。

「気持ちよさそうだね、弘くん、ハッピー?」羊が言った。
起きようと思っても体が言うことを聞かない。この気持ちよさに体を支配されている感じは、麻薬と同じなのだろうか、もしそうなら皆この風に吹かれれば麻薬から逃れることができるかも。そしたら、麻薬撲滅の新薬発見者川上弘、ノーベル賞受賞。
どこまでも超ハッピーなトコロが僕なのです。

遠くのほうで「弘くん、ハッピー?、ハッピー?」と羊がハッピーを連発していた。
ハッピーって何、気持ちよければハッピーってこと。違うんじゃない。・・・。

知らない間に僕は寝入っていて、夕方の冷気でハックションと目が覚めた。
あわてて「三四郎」の最後の方を拾い読みした。

「ストレイシープ」という単語が目に入った。


今日はどこまでも羊の日なのでした。





川上弘羊ではなく川上弘美著「蛇を踏む」の読後感想文に代えて




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